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タルちゃん(イナガキタルホのことを私は勝手にこう呼んでいます)が京都宇治に住んでいた晩年の頃、「あまりにも高尚なことを考えているのでばかばかしくて起きてられへん」と、お布団のなかで言っていたそうな、おかしいけど本気だね、きっと。

その頃彼は「物質の将来」っていうことを思索していて、物質の将来というのは題名だけの遺作品で、
「ねえ、口で語られる物語の如く移ろい行き、融けて幻に似た無に還元されてしまう物質の将来について語ろうじゃありませんか!」
という彼のコスモロジーの世界に結びついていきます。

つまり、タルちゃんの「少年愛」とか「A感覚」とか「機関車」とか「宇宙論」とか「ヒコーキ」とか「幻燈機」とか「人間人形時代」とか「逆流のエロス」とか、それらは現実に実践されたものではなく、彼が思い続けた想念、思索の「抽象化」です。

三島由紀夫がタルホのことを「新しい真っ白なシャツを来た少年のような文学」と言ったのは、本来、タルホがモラリストであり、「男性にとっての道徳とは何か」を考えたタルホの本質を見ぬいた言葉かもしれません。

社会の価値観と表現の世界のありようが重なりすぎて私たちの日常世界は、もうアップアップの身動きならない重い現実感にのみ込まれています。

経済オンリー、お金・損得優先のわびしさ、快楽絶対主義、勝ち組負け組ってなにそれ、弱者へのさげすみ、世界からの疎外感、差異の強調、そんな現代の価値観。

タルホは物理学者とか数学者の持つストイックなダンディズムがお気に入りだったようです。
意味のないものの意味を考える、役に立たないことを考える。
もっと軽やかに「考えることの自由さ」をと、思います。

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ダンス音楽とかハウスとか、独特の浮遊感を感じさせるものがあって気持ちいいです。突き詰めていけばこれも音の純化を試みているとも言えそう。音楽の抽象化。現代のバッハみたい。
このアニメーション、とても素敵。シュールレアリスム的なるものは巷にあふれているけれど、ダダ的なものこそ復権させたい。
2013.06.03 Mon l タキシード猫クロコ・プリンセス l コメント (0) トラックバック (0) l top


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