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異邦人、といってしまうとカッコつけてるようで、田舎者、流れ者、といったほうが似合うんだろうなと、かつて二十歳前後、トウキョウで過ごした6〜7年の思い出がいまだに私を揺さぶってやまないのです。

それは最初の、毎日の夢見るような数ヶ月が過ぎて、見るもの聞くもの、すれ違う美しき女性たち、憧れの文化的空気、芸術都市の眩しさ、それら全てが私を迎えてくれていたような気持が、日々過ごすにつれて、みすぼらしいよそ者、孤独な根無し草、そうした自覚が頭をもたげてきた時から、私は大都会で一人、何をしたらよいのかわからない空っぽのフーテンになったのでした。

なにせ一日誰とも話さない日が続くとそれはもう人恋しいのです。けれどどうしてよいかわからない、たまに吉祥寺の商店街やショッピングモールなんかに出かけてしまうと、ファミリーや恋人同士や周りの明るさがが眩しくて自分がとても情けない余計ものに感じてしまって、立ち飲みで酒を煽って下宿に帰って布団に潜り込むというような、どうしてそんなにしてまで東京にいたんだろう、さっさと大阪に帰って親戚頼って工場で働くか、お袋の店を手伝うとかしなかったんでしょうね、漠然としたあこがれだけで食べていけるはずもないだろうに。

私は二十歳になる前に一度大阪に帰って、当時の写植の勉強をして、でもやっぱり東京に舞い戻って、九段下の小さな小さな版下屋さんで働き始めて、ほんの少し、東京に迎えいれてもらったような気持ちになりました。
休日は映画の名画館、二番館、文芸座の清順オールナイト、楽しみは「ガロ」雑誌「遊」の発売、駅前の立ち食いそば、九段下の天ぷら定食屋さん、吉祥寺のめしやさん、みんなとっても美味しかった、そしてボロアパートでさみしいひとり酒、ビートルズとイナガキタルホが神だった。

何が楽しかったんだろう、きっとそれはだれにも構われない孤独の美しさを知ってしまったから、だと思います。一度知ってしまったらどこにいても人はみな異邦人なのです。
会社の仲間以外、東京のどこにも私を知っている人はいない、このあっけらかんとした一人ぼっちが、それはもう甘くてナルシスティックでセンチメンタルで自分だけの幻想を食べて生きていたからでしょう。

このまま人知れず、望みは優しい女性見つけてお願いして結婚でもできたら、親を捨て家族を捨て、東京の下町でひっそり暮らし、やがて年老いて消えていく、そう生きたかった。なんていう小さく貧しい希望。
それ以外の何も望まない、なんにも期待しない、それが普通にあたりまえの自分の姿だと信じていました。そうして振り返ってみると、なんと今の私はそのように暮らしているのだなと、はたと気づきました。
人は自分が思うようにしか生きられないのでしょう。
頓悟しました。

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「アムステルダム」 別府葉子


別府葉子さんの歌は私がイメージするシャンソンというよりもはるかに力強く、激しく心を揺さぶるものです。これはファドというか、アマリア・ロドリゲスの、悲しみと嘆きと祈りが響いてくる歌声が思い出されます。
別府さんもアマリアも、男性ではなくディーバ、女性が歌ってこその世界なのでしょう。

Prece - Amália Rodrigues
2013.11.16 Sat l フォトスケッチ l コメント (0) トラックバック (0) l top


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